大判例

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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3556号 判決

原告

大成商会こと

矢農勝

右訴訟代理人弁護士

本多藤男

被告

西一男

右訴訟代理人弁護士

樋口光善

主文

一  被告は、原告に対し、一五五四万一〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年三月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

四  ただし、被告が一六〇〇万円の担保を供するときは、右の仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一原告の請求

主文一項と同じ。

第二事案の概要

本件は、原告が株式会社商店流通共済会全国事業本部に対して売り掛けた「もち」の残代金一五五四万一〇〇〇円について、法人格否認の法理に基づき、被告に対し同金額とこれに対する弁済期後である昭和六一年三月一日以降の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

一争いのない事実等

(証拠により認定した事実については、当該箇所に証拠を摘示する。)

1  原告は、大成商会の屋号で総合食品卸売商を営む者である。

2  原告は、昭和五九年一〇月二二日、訴外株式会社商店流通共済会全国事業本部(以下「商店流通共済会」という。)との間で、継続的売買契約(毎月一日から一五日までに納入の分は納入当月末日支払、一六日から末日までに納入の分は納入翌月一五日支払。)を締結した。

3  原告は、右継続的売買契約に基づき、商店流通共済会に対し、昭和五九年一一月一五日以降もちを継続的に売り渡した。そして、昭和五九年一二月一四日から同月二八日までの間に売り渡したもち代金合計一五五四万一〇〇〇円(但し、右金額は保証金・フィルム代として原告が預かっていた五〇〇万円を相殺した後の金額である。)(支払期日昭和六〇年一月一五日)が、未払となっている(以下この売掛残代金を「本件売掛金」という。)。

(〈証拠略〉、弁論の全趣旨)

4  本件とは別に、原告は、被告に対し、昭和六一年六月九日東京地方裁判所に売掛金請求訴訟(同裁判所昭和六一年(ワ)第七二二二号事件。以下「別件訴訟」という。)を提起した。そして、同年一〇月二八日、同事件に関し訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。その和解条項六項には、原告と被告との間には和解条項に定めるほかになんらの債権債務のないことを相互に確認する旨の条項がある。

二本件訴訟の争点

1  被告が、法人格否認の法理により、本件売掛金を支払う義務があるか。

2  本件売掛金が時効消滅したか。

具体的には、①時効期間の起算日がいつか、②時効の中断(昭和六一年一一月末日頃の承認、昭和六三年三月一一日の請求)があったかどうか。

3  本件和解において、当該和解条項に定めるほかに債権債務のないことが確認されたことにより、本件売掛金債務が消滅したか。

第三争点に対する判断

一争点1(法人格否認の法理に基づく請求の当否)について

1  証拠によれば、次の事実を認めることができる(証人尋問、本人尋問については、尋問期日の別ごとに一回、二回と表示する。)。

(一) もちの取引をしたいとの話しは、当初被告から原告に持ち込まれた。そして、被告は、もちの最終的な仕入先である日本もち株式会社からもちを売ってもらう交渉を、自ら行った。

ところが、その後原告は、被告から、東京青果と取引ができるように、その社長と昵墾な市田を社長に、玉木を専務に据えて、商売を行うと聞かされた。東京青果は神田青果市場にある一流の会社で、露店商を営む被告が同会社と直接取引することはできなかったことや、市田と知り合いの東京青果の社長が、市田との取引ならしてもよいとの意向であったことから、商店流通共済会という会社で、しかも市田を代表取締役に据えて、もちの販売をすることにしたものであった。(〈証拠略〉)

(二) もちの仕入れ先である日本もち株式会社には、当初日本堂との取引として申し込みがなされた。そこで、日本もちは、日本堂(こと西一男、すなわち被告)について、銀行調査等を行った。その調査結果によれば、日本堂が露店商であることから、日本もちは取引を躊躇したが、被告からの強い要請により、日本もちの代表取締役の吉川及び原告が、昭和五九年一〇月頃日本堂の事務所で被告及び玉木と会い、取引の条件について話し合いをした。その際、吉川が被告に対し、取引を始めるには保証金やフィルム代を預託してもらう必要がある旨話すと、被告はこれを了承し、この取引について自分がすべて責任を負うと言明したので、日本もちは日本堂に入れるもちを製造することを承諾した。

その後、被告側の都合で、商店流通共済会という会社で取引をしたいと申し込みがあり、吉川はこれを了承したが、吉川は、交渉の経過からあくまで被告がその会社を使って商売するものと考えていた。(〈証拠略〉)

(三) もちの取引は、当初は市田、玉木がまかされてやっていたが、すぐ被告の指示により行われるに至った。すなわち、昭和五九年の一二月に入って間もなく、被告は原告に対し、今後被告の了解を得たものについては、被告が責任を持つが、それ以外のものについては責任を持たない、と電話で言ってきた。そこで、原告は、それからは、商店流通共済会からの注文については、電話等で被告に直接確認をしたうえ、出荷していた。

同月中旬頃、もちの取引量が急に多くなり、出荷先にも疑問が持たれたので、原告と日本もちの社長の吉川は、被告を日本堂に訪ねて、そのことを質した。これに対し、被告は、支払は自分が責任を負うから心配がない旨述べると共に、今後自分が注文を出したものについては、支払に責任を持つが、そうでないものには責任を持たない旨述べた。(〈証拠略〉)。

(四) 商店流通共済会には、設立当初から被告が営業資金を出していた。

同会社は設立後しばらくして休眠状態になり、もちの取引に関して営業を再開するときには同会社には固有の財産はなかった。したがって、もちの販売を開始するに際しての保証金等の資金や、その後の営業資金は、すべて被告が提供していた。これらの一部は、商店流通共済会の帳簿に、被告(ローンズ京王ないし日本堂)からの借入れとして記帳されている。代金支払の決裁は被告が行い、市田や玉木にはその権限がなかった。そして、その収益は被告個人に帰属していた。商店流通共済会の帳簿には、収支が正確に記載されてはいない。

商店流通共済会の事務所は、日本堂やローンズ京王と同じ部屋を使用していた。商店流通共済会の営業に主として従事していたのは、市田と玉木であるが、日常の事務は、日本堂に勤める女性の事務員が行っていた。事務所では、市田、玉木をはじめ全員が被告を「社長」と呼んでいた。

商店流通共済会においては、株主総会や取締役会は、開催されていなかった。(〈証拠略〉)

(五) 原告は、その後たびたび被告の事務所を訪れ、被告に対し本件売掛金の支払を請求した。これに対し、被告は、もちを売った先から代金を回収できないので支払うことができない、と述べていた。(〈証拠略〉)

(六) 昭和六〇年一〇月頃、原告は、本件売掛金の支払や今後の取引について被告と話し合った。その際、被告は、現金で仕入れてその利益を本件売掛金の支払に充てるので、もちを売ってほしいと申し入れた。そこで、原告はこれを了承し、もちを現金払で売り渡したが、被告は本件売掛金を全く支払わなかった。

この話し合いの後のもちの取引については、原告は「商店流通共済会・西一男」宛ての納品書及び請求書を発行して被告に対し支払を請求した。これに対し、被告は「日本堂」の名で代金を原告に送金してきていた。(〈証拠略〉)

(七) 昭和六一年一一月末ないし一二月初めに、原告は、「日本堂」の近くのとんかつ屋で、被告と本件売掛金の支払や今後の取引について話し合った。被告は、この席で、原告が今後もちを原価で被告に納入し、被告の方で売却した代金全額を原告に支払うことによって本件売掛金を支払っていくという提案をした。原告は、これを了承し、以後原価で被告に対しもちを納入したが、約束に反して被告は今回売り渡したもちの代金額しか支払わなかった。(〈証拠略〉)

2 以上の事実によれば、もともと、もちの取引は被告(日本堂)から原告に申し込まれ、当然被告との取引であることを前提として交渉が行われ、原告及び日本もちと被告との間では、商店流通共済会は被告が行う取引の名義に過ぎず、取引の実質的な責任は被告が負うものであることが了解されていたものというべきである。

しかも、商店流通共済会は、営業を再開する当時、何の資産も有しておらず、完全に被告の自由になる会社であった。そして、もちの販売をするに当たっては、資金はすべて被告が出捐し、商店流通共済会としての経理もきわめて不完全で(〈証拠略〉)、会社の経理としての形態を備えていなかったというべきである。そして、もちの取引は、被告個人の営業である日本堂の収支と交じり合っていたということができ、また、株主総会、取締役会等の必要な手続も行われていなかった。したがって、商店流通共済会は本件のもちの取引が開始された当初から完全に形骸化した会社であり、商店流通共済会の営業は被告個人の営業そのものであると認められる状況であったというべきである。

してみれば、原告は、商店流通共済会の法人格を否認して、もちの取引にかかる売掛代金の支払を請求することができるというべきである。

二争点2(消滅時効の成否)について

本件売掛金の時効の起算日は、その支払期日の翌日である昭和六〇年一月一六日であり(事案の概要一の3)、民法一七三条一号によりその時効期間は二年であると認められる。

ところが、右一の1(七)の事実によれば、被告は昭和六一年一一月末ないし一二月初め頃の原告との話し合いにおいて本件売掛金債務を認めていたものと認められる。したがって、消滅時効はこの債務の承認により中断したものというべきである。本件の訴えの提起は昭和六三年三月二三日であるから、結局原告の被告に対する本件売掛金債権は時効消滅していないというべきである。

三争点3(別件訴訟の和解による債務の消滅の有無)について

1  訴訟上の和解は、請求(訴訟物)に関する紛争について、双方が互譲して訴訟を終了させるものである。本件和解条項六項のようないわゆる清算条項は、当該和解により当事者が争いを終了させようと考えていた範囲内の事柄について、和解条項に定めるほかに債権債務のないことを確認し、もって当事者間の紛争をすべて抜本的に解決することを目的とするものである。

2  ところで、別件訴訟における本件和解は、被告が「日本堂」として原告と行った継続的な取引に基づく売掛残代金の請求に関するものであるのに対し、本件の原告の請求は、被告が商店流通共済会という会社を通じて原告と取引をしたことに関するものである。また、本件和解によって被告が原告に支払うこととされた売掛代金債務額は、二五四万九八八〇円(請求額は二八一万円余)であるのに対し、原告の商店流通共済会に対する売掛代金額は一五五一万一〇〇〇円であり、金額は本件の方がはるかに大きい。しかも、原告は本件和解成立の前からことあるごとに被告に対し本件のもち代金の請求をしており、被告も本件和解以前原告に対しその支払義務を認めていたものである。

3 このように、本件の取引は別件訴訟の取引と形態も異なり、金額もはるかに大きく、かつ、被告もその支払義務を認めていたのであるから、通常は、別件訴訟の二八一万円余の売掛金に関する紛争の和解において、本件売掛金の件を清算条項の範囲内の事項としたうえ、二八一万円余の一部の支払を約しただけで、本件売掛金全部を放棄したり消滅させたりする合意がなされるとは到底考えられない。

そして、証拠(〈証拠略〉)によれば、本件和解の際には本件売掛金の件は問題にならなかったことが認められるし、前記のとおりその後も被告は本件の売掛金の支払義務を認めていたものであるから、結局、原・被告双方とも、本件売掛金の件は本件和解の清算条項の範囲外と考えていたものと認めるのが相当である。したがって、本件売掛金がこの和解により消滅したとは認められない。

(裁判官岩田好二)

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